コロナ禍が小さなデザイン会社にもたらしたもの

減った売り上げと増えた借金

以前からこのblogでは「金融機関とはうまくやらないといざという時どうしようもない」と言ってきましたが、本当に「いざ」という時が来るとまた違ったように感じるものです。吹けば飛ぶような小さなデザイン会社のワッカデザインですが、紙にせよWebにせよ特に何かの業種や業態の仕事に頼ってはいないため、コロナ禍の影響としての売上減はイベント関係が軒並みなくなったことによる2割減くらいで済んでいます。とは言っても粗利率の高い2割なので利益には直撃していますが、即座に人員整理したり、慌てて事業の方向転換を図る必要はないので、世の中の多くの会社よりは平穏に過ごせているのではないでしょうか?テレワークも特別指示を出したわけではないですが、いつの間にか半数は出社しないで仕事をするようになり、かといって僕自身はそうもいかないので、人の少ない電車に乗って毎日出社しています。

そしてコロナ禍がもたらした最大の事象が「増えた借金」。会社にして1年目に100万円の融資からスタート、毎年少しずつ融資を拡大してきて、最近になってようやく1,000万円超えを果たして感慨深かったのに、コロナの融資枠で一気に2倍以上の規模になってしまったのは、いかに今が異常な世情かを物語っているようです。ただ、いくら緊急事態とはいえ、担当の営業マンやニュースを見ていると普段取引のない会社にそうそう融資はしないようなので、助成金にしても何にしてもそうですが、日頃からアンテナを張って自分自身や自分の会社にとって最適な状態を常に見据えられるかどうかはとても大きな差になっていて、うちの会社としては今回の借金の3年の据え置き期間でどう舵を切るかが問題。Webの制作会社へさらにシフトしてより攻めていくのか、やっぱり人員整理して短期間で財務状態の最適化を図るのか、今の決断次第で数年後のワッカデザインの姿を決めてしまう、そんなターニングポイントに来ているように感じます。

もう「答え」と「普通」を求めるのやめたら?

これも以前から言ってきたことではありますが、コロナ禍でハッキリしてしまったことの一つだと思います。自覚はしなかったものの思えば僕は子供の頃から「普通」を嫌ってきた気はしますが、「普通」であり「常識」であり「みんなが同じであること」に価値があった幸福な時代がその昔確かにありました。そういった時代では、ある意味では多少のことは我慢していればみんなの収入がみんな増えて、みんな豊かになれた、だからなのか根強くその価値観は今なお残っていると時々思わされますが、それでこれからもやっていけるの?という話です。ましてやグラフィックデザインなんて世の中からすれば普通じゃないことのオンパレード、1案件1案件同じものなんて一つとしてないのに自分に合ってる・合ってない、やったことがある・やったことがない、教わったことがある・ないなどといった目の前の案件とは無関係なところでシャットアウトしてしまい、結果自分の知っていることだけを普通としてやっていく。それは仕事にせよ生活にせよちょっともう無理筋なんじゃないかな、と思うわけです。

これはコロナ禍ひとつとっても捉え方に差ができてしまうでしょう。うちの会社でいえば前述の通りコロナがあったからできた資金調達があり、まだ何も実行はしていませんが判断可能範囲は広がりました。コロナのおかげでちょっと時間的余裕ができたからWebサイトのコンテンツも拡充してクリック率改善を図ることができました(これは通常なら1年分くらい一気に更新できました)。もっと個人レベルでいえば、コロナのおかげで普段行かない店に行き、普段買わないパスタを買ったおかげでとても美味しいパスタを知ることができました。ハム屋もありますね、コロナで肉が買い占められたから仕方なく買った池袋の某ハム屋がとても質が良くて安いので常連になりました。どれもコロナがなかったら僕には起きなかったことで、コロナがあったからもたらされたものです。自分で考え、自分で行動することがその次を産む。やっている人からすると息をするくらい当たり前のことが、何かに囚われ、やらないからこそいつまでも一歩が踏み出せず、時が過ぎ事態は知らぬ間に悪化してしまう。さてあなたはどちらを選びますか?

時々僕は「冷たい」と言われます。「扱いづらい」とも言われます。ただ、もう少し少ないくらいの割合で「温かい」とか「愛のある」とかも言われます。どのレベルで僕を捉えるかでそれは変わるのでどちらも大して気にしないようにしてはいるものの、本当はネガティブなことを言われれば傷つくし、ポジティブなことを言われれば嬉しいので、ポジティブなことを多く言われたいものですが、それよりももっとその人ならではの価値観や、個人としての判断力を持つことこそが「普通」になってほしいと思います。そうすれば世の中はいろいろな人がいて面白くて、時には時代も超えていろいろな違ったものがあって楽しくて、デザインももっともっと幅広く深く捉えられる。そういう風にならないと、これからの世の中は生きづらいんじゃないかな、とコロナ前よりも強く思うのです。

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