「働き方改革」といういわば一種の流行

「専門性」とは一体何か?

「ワークライフバランス」という言葉が妙に幅を利かせるようになって久しく、いつの間にか「働き方改革をしなさい」という世の中になりました。曰く、「長時間労働をやめなさい」「同一賃金同一労働」「柔軟な働き方の実現」。僕らグラフィックデザインを生業とする会社であっても、このうち最後の「柔軟な働き方の実現」はとても良いと思うんですね。仕事の「専門性」さえ確保できれば、それこそ事務所にいる必然性も8時間労働の必然性もないし、本業がこなせているなら副業だって良いと思います。様々な種類の案件に取り組むこともまた「専門性」を高めるためには必要だから、むしろ僕がディレクションをしない案件をどんどんこなすということはキャリアアップの観点からも良いことずくめで、それは会社の仕事としては今のところ難しいからです。まぁそれらはもちろん「専門性」=「クオリティ」を確保できれば、の話ではあるのですが。

しかしながら「長時間労働をやめなさい」「同一賃金同一労働」の2つはグラフィックデザインの現実とはほとんど噛み合ないんですよね。まず長時間労働についてですが、専門職の最たるものと言えそうな医者ですら、今や9:00〜17:00の勤務だそうで、これを聞いた時には戦慄のようなものを感じました。別に「白い巨塔」よろしく死ぬまで働かなくても良いと思いますが、専門的な技術の習得はそんなに簡単じゃないはずです。人の命を扱うわけではないグラフィックデザインですらそうです。基礎というものを体系化することはできない上、ケースバイケースのことが非常に多く、また、言葉でわかったからと言って出来るようになるものでもありません。本当の意味で「不断の努力」が必要なのです。そのために一日8時間では到底足りないのは明らかだし、デザインが好きで積極的に身に付けたいというのを阻害しかねません。

もう一つ、「同一賃金同一労働」について。これは正社員に対する契約社員、派遣社員の待遇格差を埋めようというものなので、うちの会社は全員正社員だから雇用形態の上ではすでに実現できていることではあるのですが、考え方自体は正直気に入らないのです。それはグラフィックデザイン的には「同一労働って何だ?」という話だからで、同じ「チラシを作る」という案件でもデザイナーが違えばデザインは異なります。これは当たり前の話だとわかってもらえると思いますが、人によってデザインが異なるなら、人によってかける時間も違えば、その人のデザインスキルによって表現力や訴求力が異なるのもわかってもらえるでしょうか?(僕なら1時間で終わるものも、キャリア2、3年目くらいの子なら丸一日かかるくらい差がつくのも当たり前です)だけど営業的な都合上、今回のチラシはいくらと定めているだけなので、それが同一労働であり同一賃金であるという枠組みに収まるのでしょうか?

皆がみんな同じ生き方でなくて良い

とは言え、まぁ無責任なことを言ってしまうと、すでに一人前の実力を身につけている僕からすれば、若い子たちが気まぐれな国の方針で自ら生きていけるだけの能力を身につけられなかったとしても知ったことではないのですが(実際には我が社ワッカデザインでは厳しく指導していますよ!)、これからの世の中、これよりもますます「能力」「成果」こそが社会に必要とされる人間となるのに大切であることをあまりにもわかっていないように思うのです。グラフィックデザイナーに限らず専門的な職業というものはそうではありませんか?プロならではのものが提示できるからこそ、グラフィックデザイナーは専門家として生きていくことが出来るのです。ちょっとすごいだけならわざわざ外注に出したりしないのではないですか?ただのダンピング的なアウトソーシング以上の価値を生まないのではないですか?

ただね、決して昭和の高度経済成長期のように一億総モーレツ化してほしいわけじゃないんですよね、色々な人がいて良いと思うんですよ。それこそワークライフバランスを大事にする、家族を大事にする、それも人生のあり方という意味では充分立派ですし、趣味に生きたっていい。画一的な雇用が横行する我が国で、女性がライフステージによって柔軟な選択肢を持てるようになる必要性だって自分の家庭を鑑みれば身に染みてわかっています。しかし、だからと言って、ただでさえ一人前になるのが難しいグラフィックデザイナーがますます育ちにくくなってしまうのは歓迎できない。もう少し色々な人がそれぞれの人生を送ることが出来ることこそ社会に取って価値のあるものだと思えないものだろうか?そこに画一的でない制度作りに知恵を働かすことは出来ないのだろうか?僕には「働き方改革」が「ゆとり教育」と同じように見えます。10年後には黒歴史としてなかったことになるんじゃないだろうか。だけどその傷跡は深刻な人材不足という形で取り返しのつかないことになってしまうのではないだろうか。だからその時までに、せめて僕の目の前だけは何とかできるよう、経営者としても一人のグラフィックデザイナーとしてももっともっと力をつけないと、と思わされる今日この頃です。

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