素材違いで名刺を作りました。

デジタルな時代だからこそ大切にしたい物体としての質感

 

グラフィックデザイナーにとってIllustratorやPhotoshopなどのデジタルデータはもちろん大切な財産ですが、実際の印刷物が手元に届く時の感激や感動からするとデータはあくまで中間生成物に過ぎなかったりします。以前もここで言っているように、Machintoshの画面に向かってカチャカチャやっているのは「デザインをする」という工程からすると部分的なものであり、納品物こそが本当の意味で「デザインされたもの」なので、それが手のひらの上でどんな存在感を放っているか、店頭でどんな風に見えているのか、はたまた営業担当が顧客に説明する際にどう演出してくれているのか、そういった空気や雰囲気のようなものこそが、何でもないようで、デザイン的な違いによってものすごく差がつく部分だったりするのです。誤解を恐れずに言えば、その「空気」のため、たったそれだけのために、デザインがどうあれば良いのか、印刷物なら紙はどんなものが良いか、大きさはどうあったら良いか、といったことを費用をかけてデザイン会社に発注するわけです。

 
僕がMRから転職してデザイナーになったのはもう10年も前のことですが、その頃はまだpdfもここまでの存在になっていなかったし、タブレットやスマートフォンもなかったので(PDAという「タブレットのようなもの」はありましたが)、きちんとしたデジタルデータというのはとても新鮮に見えたものでした。webデザインも最先端のものはともかく、多くの場合はまだまだ980pxで2カラム/3カラムの枠の中を埋めていくものばかりで、紙の会社案内に力を入れていることの方が多かったように思います。かくいう僕もMachintoshによるDTPが普及してくれたおかげでデザイナーになれた側面があるので、製図用紙に烏口で0.1mm刻みの太さの線を書き分けていた時代からやっている方々からすると、デジタル時代のデザイナーという感は拭えないと思いますが、それでもこの10年のデジタルへの置き換えはとても感慨深いものがあります。その一方で、何年か前に流行した「レトロ印刷」のように昔からある技術が新鮮に見えるということも往々にしてあって、今度はデータではなくわざわざ物体としてあることが価値を感じるようになってきているのかもしれません。

 

デザインは同じで素材が異なる名刺

 
どういうデザインの仕事をしているかにもよるものの、デザインをする際に紙から選ぶことは全体として少なくなってきたように思いますが、このように紙の種類や印刷方法、加工方法をどうするといったことも最終生成物としては大きな要素なので、いつもは無理でも時々はそこから悩んで実際に印刷してみるということは提案力を高める上でとても大切なことだったりします。

 
そこで、できたばかりのうちの会社の社員の名刺は、デザインはフォーマットに則りながら、素材や印刷方法などは本人の自由に任せることにしてみました。紙見本を実際に手に取って見れるショップにも出かけてもらい、いつもはマットコート紙に4色印刷の仕事ばかりですが(しかも刷り見本が見れないことの方が多かったりする)、世の中には実に様々な紙や印刷があることを知ってもらった上で、自分という個性にとって最適な仕様を考えてもらったというわけです。

 
①紙:クッション/活版2色
僕の名刺です。以前からやってみたかった活版印刷に特色2色を使いました。活版印刷は通常のオフセット印刷と異なり、凸版の版を作って印刷するため、その圧力で紙が少し凹むのが味わいとなるので、その活版らしさを最大限出せればと思い、紙は特に厚くてやわらかい「クッション」を選びました。10日以上待ちわびましたが、いざ届いてプリンターの厚紙で出力したものと比べてみると、その存在感は歴然!遠目に見てもどことなく味わいが伝わってくるものですね。

 
②紙:ヒノキ/インクジェット
家具作りが趣味の社員の名刺です。ヒノキだけではなく、杉、桐、オークなど9種類から選べる印刷会社で、ヒノキが一番家具作りらしいかな?と思い選びました。印刷方法はwebサイトではよくわからなかったのですが、届いてみたらやっぱりインクジェット。値段も手ごろだったのでこれは仕方ないですが、印刷具合はにじんでもいないし、とても良い感じです。放っておくと乾燥して丸みを帯びてくるという気難しさが逆に本物志向っぽいような気もしますね。かぐわしいヒノキの香りが癖になりそう(笑)

 
③紙:プラスチック/オフセット4色
言ってきた時は内心「プ、プラスチック??」と思ったものですが、少々奇抜なところもある彼女には似合っているような気がしてそのままGOを出しました。これまで木の名刺はもらったことがありますが、プラスチックの名刺はまだないので、インパクトという意味では一番あるのではないでしょうか?これもかなりのお手ごろ価格だったので印刷が不安でしたが、届いてみれば4色のオフセット印刷。網点は綺麗で版ズレもなく、とても美しい仕上がりです。

 
④紙:コットンスノーホワイト/オフセット1色/パール箔押し
一番悩んでいたのが若い彼女ですが、提案としては一番挑戦的な仕様かもしれません。ロゴに色を使わず半透明のパール箔を型抜きすることでロゴが浮かび上がってくるというものなので、これは②や③とは異なる意味で仕上がりが不安でしたが、出来上がってみるとパール箔の型抜きロゴが意外と目に見えるということと、特色シルバーも合わさって、女性らしく品の良いプロダクトに仕上がっていました。総じて僕自身にはあまりない発想だったので、これはこれで勉強になりました。

 
そういうことで、出来上がってみるとどの名刺も物体としての質感に溢れているので、デジタルデータとは異なる味わいとわくわく感を社員の皆に感じてもらえたんじゃないかなと思っています。本当の意味でのデザイン効果は自分で名刺交換する際と、その後机の上でどう見えるかを自分で感じることでようやく経験となるので、まだ時間がかかるとは思いますが、例えばエグゼクティブな方々が使うSPツールだったり、ラグジュアリーなトーンが求められる仕事などではとても有効なので、そういう仕事が来た時は、恐れることなく提案していきたいと思います。

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