デザインすることがデザインの全てではない

 
この何ヶ月で一番世間と認識のズレがあるなぁと思ったのが実はこのことだったりします。「デザイナー」と呼ぶのがひょっとしたら誤解を招くのかもしれないし、そもそも僕がデザイナーの中では少数派なのかもわからないけれど、デザインの仕事の中で「デザインそのもの」に当てるウェイトは意外と少ないように思います。だからもしデザインをお願いする際にきちっとした原稿やラフ、写真素材等を全て提供して、さぁやってください、という完璧な依頼の仕方をしている人がいたとすれば(まぁそれも案外少ないものだけれど)、かえってデザイナーの力を引き出せないものなのかもしれません。そういう時は目には見えないし、誰も言ってくれないものの、デザインする前の時点でかなりの部分が決まっているような気がします。
 
これも人によるから誰でもそうというわけではないのだけれど、意外と「丸投げ」と呼ばれるような仕事は、考えがいがあったり、センスを発揮出来たり、最終的に良いものが出来たりすることが少なくありません。正直仕事をする上では全く嬉しくないはずの丸投げで、ついでにそういう案件は時間もなかったりするのに、全くもって不思議なものですが、まず丸投げしてる時点で本当に何も決まっていないのだから受け入れられるキャパシティは広そうだということと、デザインサイドの方でもクリエイティブな思考でゼロから考えることができるため(と言うかこちらで考えるしかない)、それがお客さんにとって思いもよらぬアイディア、デザインとして新鮮に見えるという双方の事情があるのだとすれば、実は全然不思議じゃなかったりします。
 

MACもイラレもただの道具に過ぎない

 
結局デザインする=MACの前でIllustratorやPhotoshopでカチャカチャやっているというのは作業に過ぎなくて、その前の発想だったり、これだったらこういう風にしたい!こう感じさせたい!という強い「トキメキ」だったり、とにかくそういうものを経ているということが、デザイナーに限らずクリエイター全般にはきっととても大事なことなんだと思います。そういうと何だかとても簡単なことのようだけど、実際そうするためには案件や会社を取り巻く状況などを始めとしてかなりの量の前情報も必要ですし、自由な発想を何度も何度もぶつけ続けて良い表現に昇華させていくプロセスも必要だからとても大変なのも確かなんですが、レベルの高いクリエイターというのは色々な形があれど共通してそういう部分を持っているものです。だから「デザイナーだから(ただ)デザインして」という考え方はビジネス的には論理的で妥当な気もしますが、微妙にすれ違いを生みやすいように思うのです。まぁ世の中には様々なレベルのデザイナーがいますし、得意不得意、好き嫌いもあるので(我がままに見えるけど、得意不得意や好き嫌いがないデザイナーというのはレベルが高くないことが多かったりする)、本当にお客さんにとっても自分にとっても「合う仕事」というのは一期一会なんだと思います。もしあなたが依頼する側で、担当しているデザイナーの上げてくるものに満足出来ているとしたら、それはとても低い確率の巡り合わせなので是非大切にしてあげていただけると、僕は全然関係ない立場ですが、いちデザイナーとしてとても嬉しく思います。
 
クリエイティブは理屈で捉えられない。もちろん提案やデザインに対してきちっと説明はするけれど、そうは言いつつ理屈で捉えきれない部分こそが本当はクリエイティブなんだと思います。なんだか今日はまとまりませんが、せっかくなので、これにて!