「未経験からのグラフィックデザイナー」とは言うけれど

 
だいぶ世間知らずだったというか無茶をしたものだと振り返ってみて思います。新卒で採用された医療機器営業時代に「こんなに働くということが大変なら、せめてやりたいことで大変になるべきだ」と悟って退職、半年間DTPのスクールに通いグラフィックデザイナーとしてのキャリアをスタートさせるわけですが、印刷会社や制作会社など4社を渡り歩いた結果、こんなキャリアのデザイナーはまずどこにもいないというのが実情でした。僕の場合、恥ずかしながら根拠のない自信に満ちていたので、それを卑下したり卑屈になったりすることはほとんどなかったと思いますが、DTPスクール出身なだけで有名美大卒の人やデザイン系の専門学校卒のデザイザーやディレクターに囲まれてきちんと渡り合える人というのは、自慢するわけではないですが自分以外には滅多に見たことありません。だからもし普通の学部卒とかで就職した人が転職してデザイナーになろうと思うのなら、しかもそれでずっと生きていこうとするなら、それは相当な覚悟が必要だと言わざるを得ませんが、とは言えまるっきり不可能ではないので、本当になりたかったら諦める必要はありません。
 
僕にとってデザイナーとして最初のキャリアはスクールのインターンとして運営会社のSPツールを作ることで実務経験を積ませてもらうというものでした。インターンなので仕方ないですが、朝から終電まで毎日働いて年収200万円くらい。週末は吐き気と頭痛でベッドから起き上がれないことも珍しくなく、それでもかなりの数の案件をこなさせてもらえたので、何とか食らいついて半年後くらいには新規案件でもひるまずにデザイン出来るようになっていたのは、本来なら下積み時代のはずなので最短ルートではあったのかもしれないですね。インターンなので1年弱で契約終了、就職活動に入りましたが、この時はあまり苦労しなかったように思います。年収300万円の印刷会社のデザイナーになることができました。それでも医療機器営業時代からしたら100万円以上ショートしていたのですが…。
 

印刷会社から制作会社への壁

 
入社した印刷会社では折込チラシを主体としたSPツール全般という仕事でしたが、今思うと仕事としては悪くありませんでした。やっぱり組版みたいなオペレーション主体の仕事ばかりになってしまうとセンスも技術も発想も伸びないので、2社目でも引き続き新規でどんどん自分なりに考えて良いという環境がとてもありがたかったのは確かです。折込チラシメインとは言え全国チェーン店の仕事をずっとやらせてもらえたので、チラシに留まらずPOPやキャンペーンなどSP全般をやらせてもらえたのはとても良かったですし、企画書や提案書も自分で作ったり、大手広告代理店と競合することも少なくなく、コンペ受注の経験も多かったのは自信に繋がって、もう一人前だと思っていたものです。だからこそ今度は「デザイン制作会社」に入りたいと思い、再び転職活動を始めたのですが…。
 
結果、次の会社の内定が出るまで半年くらいかかりました。結構積極的に応募していたのですが、落ちまくり、ということです。もちろん給料さえ上がればどこでも良かったわけではないので、やりたい仕事がありそうな会社を選んではいたのですが、面接までは行けるものの、見事に落ちまくり。当時は転職エージェントが広まり始めた頃だったので、それも使いながらの落ちまくり。面接はすんなり行けるので、書類や志望動機等はおかしくなかったはずだと当時理由はわからなかったのですが、今思うとそれは明らかで、「作品のクオリティが低い」から。まだ27歳くらいで他の業界なら「若さとやる気」で採用されてもおかしくないのに、それを上回るクオリティの低さ、ということだったのでしょう。最終的に「デザイン制作会社」には入れるのですが、後から聞いた話ではそこでも僕が持っていったポートフォリオについてはやっぱり「クオリティは低かった」ということでした。実はその頃の作品は今見てもそんなに悪くないのですが、「デザイナーとして評価される仕事」ではなかったので、それがその時いた印刷会社の仕事では限界だったんでしょうね。
 

デザイン制作会社は本当に楽しい!

 
とは言え、何とか憧れの「デザイン制作会社」に入ったら、そこも仕事は無茶苦茶な数をこなさないといけなかったものの、本当に楽しかったんです。デザインが好きなのは皆が皆当たり前だったし、それこそスクール出身の人も印刷会社出身の人もほとんどいなかったものの、仕事が常に溢れていたのでどんどんやらせてもらえて、そして何より目をかけてくれる人がいたのが本当に嬉しかった。普通はしないんですよね、ベテランとは言え業務上全く関係のない人に自分の仕事を見せてアドバイスをもらったりとかは。もうその人に認めてもらいたくて何ヶ月かに一回ファミレスで自信作を見てもらったりして、時々褒められる作品もあるにはあるのですが、9割方撃沈させられて、でもそれが悔しくて、みたいなクリエイターとして「正しい教育」を受けたような気がしています。2年くらい頑張っていたらだいぶ色々な人からも認められ始めた感じで、やりたい仕事の割合がすごく増えて、この会社に巡り合えて本当に良かったと思います。多分残っていたらいつか出世も出来たような気がしますが、この会社の仕事は業界が限られていたこともあって次の仕事を求めて辞めることに。ちなみにこの時の転職活動は全然苦労しませんでした。単純に作品クオリティがもう低くはなかったからでしょう。実力が全ての世界というのはとてもシンプルですね。
 
これが独立前直近の会社に当たるのですが、次に入った制作会社で与えられた仕事は最高に良かったですね。グローバル企業の日本法人の制作物を紙からwebからブランディングからあらゆるものを引き受けて、その中でディレクターと共に中核的な存在として活躍することができました。今時珍しいくらいイケイケのクライアントだったため、やればやるほど次の仕事を産んでくれるので本当にやりがいがあったのと、年中同じチームで対応するというのも初めてだったので、かつてなくじっくり一つのクライアントに当たることが出来たということは、僕にとってデザイナーとして埋まっていない最後の経験だったと思います。相手が大企業ゆえに企画力やプレゼン力、ディレクション力など、クリエイターとしての総合的な力が非常に強化されたのと、外資・内資問わず様々な企業のブランディングがどういうものか触れられたのは大きな経験となりました。あと海外の広告代理店の企画書とかね、すごく刺激的で、英語でしたがむさぼるように読んだものです。この会社における経験でもって、グラフィックデザイナーとしては本当に一人前だと認識できるようになり、また転職活動をしようかと思って半年くらい求人を探していたものの、どの求人を見ても変わり映えしないものに見えて、それならいっそ独立してみようか、ということで独立に至ったわけです。
 

最強のクリエイター集団目指して

 
言葉にすると何ともうさん臭いですが(笑)。独立して1年弱経って思ったのが、やっぱりこれですね、「最強のクリエイター集団」。まだ法人にもなっていないし、先はまだまだ遥か彼方ですが、個人でデザイナーをしている状態ではちょっと僕の本質に合わない気がしていて、紆余曲折を経て、今はやっぱり会社にして集団として育てていくことを目標にしています。デザインという名のソリューション。好きなことが誰かの役に立つということ。最高じゃないですか!
 
また話がそれている気もしますが、未経験からグラフィックデザイナーになるというのは例えばこういう苦労があるということを僕の経緯で表現したかったのですが、いかがでしょうか?いつも言っているようにデザイナーと言えども専門職なので、給料は安く、労働時間は長く、実力は経験年数に比例するわけでもなく、そして常に現状に甘んじずというのは結構大変なことだと思いますが、もしこれでもやってみたい!と思えるなら、きっとやれると思いますよ。親愛なる、未経験のグラフィックデザイナーの方へ。